「あの人どうにかして!」とは、権力を信じきっているからこそ出てくる態度です。どういうわけか、その人達は「お上」はいつでも自分たちを守ってくれるものだとばっかり思い込んでいる。だから反戦ビラを撒いた人達は「迷惑だから」公安に捕まって長期勾留されても当然だと思う一方で、自分が参加したデモが警察に抑えられると急に裏切られた気持ちがして「最低の国だ!」などと言いだす。政治的主張は「迷惑」なんじゃなかったの?

 もし仮に、自由に責任が伴なうとすれば(僕はこの言い回しを憎んでいますが)、それは「規範を逸脱した時に無条件に罰を受け入れる」という責任ではなく、むしろ「他人の行使する自由に対して、必要とあれば自分自身の自由を行使して抵抗する」責任なのではないかと思います。

 些細な「不愉快」を抑えるために権力におもねることは、すなわち、そのような些細な領域にまで権力の拡大を認めることにほかならない、ということです。そうやって社会生活のすみずみにまで力の支配を行き渡らせたいのでしょうか。権力は必ずしもあなたの味方とは限らないんだけど、「お上」に「あの人どうにかして!」と訴える人々は、実際には権力に栄養を注ぎ込んでいるわけでしょう。そんなことが広がっていくと、なんでもない人の行為がいつ「迷惑」認定されるかわからなくなる、そういう想像力は必要だと思います。

Notes