彼女はにっこり笑って、わたしシーモアが好き、と言った。わたしシーモアと話がしたい、でもシーモアはわたしと話をしてくれないと思うな、と言った。

 でもねわたし『ライ麦畑』は嫌いなの、と彼女は言った。彼女は膝をそろえ、背筋をきっちり伸ばしていた。ホールデン・コールフィールドなんてろくな人間じゃない、と彼女は言った。自分は邪気のない綺麗な人間だってことを、長編いっぱいかけて世界中に示したがってる。これ見よがしにね。わたしは思うんだけど、あんな男の子は世界中のイノセンスに見捨てられた人間につばを吐かれる。わたしも吐く。一年分くらい吐くよ。

 みんなにはフィービーがいる、と彼女は言った。みんなのなかにはフィービーがいて、なにかあると助けてくれる。対策みたいな意味じゃなくって、つまり、わかるよね、くだらないものに絡めとられないための命綱として。でもわたしにはフィービーがいない、最初からいない、わたしは、気がついたらイノセントじゃなかった、だからわたしは、ホールデンが嫌い。

 あれから十数年が経った。彼女はもう、シーモアと話すことができなくなった。シーモアは死んだ。べつの作家の言うとおり、ありとあらゆる意味で。彼女がいまでもシーモアとの会話を求めているか、私は知らない。でも彼女のなかにはちゃんとフィービーがいたことを、私は知っている。

Notes